日本皐月協会について

日本皐月協会設立の経緯

日本皐月協会は、サツキ園芸およびサツキ盆栽芸術の向上と普及発展をはかり、かつ国民の情操を高め、あわせて文化の発展に寄与することを目的として設立された日本最大のサツキ愛好家団体です。国内で最も古い歴史を持ち、2013年4月現在で97支部を有しています。

当協会の源流をさかのぼれば、大正2年の「東京躑躅(つつじ)研究会」が始まりです。東京浅草で趣味者十数人によって結成され、以後サツキ熱は燃え上がり、大正13年1月には「大日本皐月同好会」が結成されました。昭和3年には東京日比谷公園で「御大礼記念全国皐月大会」という大規模な展覧会を開催し、都民を喜ばせたといいます。

●基礎を築いた帝国皐月協会
同じ頃の昭和2年には、サツキ愛好家の別団体「帝国皐月好友会」が東京に誕生しました。「大日本皐月同好会」とは、ときに切磋琢磨し、ときに抗争し合いましたが、両団体は昭和13年に「帝国皐月協会」として新生。初夏には隅田公園で、秋には深川の清澄庭園で展覧会を開きました。このとき初めて展示方法や出品規格、審査要項などに工夫をこらしたほか、新花登録の厳選、旧花144種、新花種312種、登録新花種5種の計461種からなる銘鑑を作成し、当協会の前身である「日本皐月会」への橋渡しをする基礎となりました。

●日本皐月会の誕生
その後、第二次世界大戦、太平洋戦争戦を経て、サツキの愛好家たちは昭和24年2月9日に当協会の前身である「日本皐月会」を結成。会員の交流、この道の隆盛発展を図ることを目的とし、陳列品評会の開催、銘鑑の作成、会報の発行などの事業を行いました。昭和24年4月に東京上野の盆栽倶楽部で祝賀大陳列会、6月には日比谷公園広場で花季大陳列品評会を開き、翌年5月には、サツキ愛好家の熱意により、戦後初めての銘鑑を発行。昭和36年には、新種登録の制度を実施しました。なお、当協会の機関誌「趣味の皐月」は、昭和35年に「日本皐月会」が発行したものを引き継いでいますが、昭和2年発足の「帝国皐月好友会」発行のものと同じ題名、形式を取り入れました。

●日本皐月協会と改名
サツキ人口が増え、日本皐月会の在り方は全国の愛好家の規範となり、銘鑑も「日本皐月会」についで栃木県さつき会が、昭和39年に関西さつき連合会と新潟県皐月会、昭和44年に安行、名城、福島などの各皐月会が発行。日本皐月会は前進のレールの上をひたすらに走り、昭和49年には協会システムに移行。協会になってからは、普及と指導を積極的に行い、現在の「一般社団法人 日本皐月協会」となりました。

日本皐月協会の歩みと事業活動について

協会の歩み(年表)ページへ日本皐月協会のこれまでの歩みを年表にまとめました。

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開示書類(PDF)平成26年度事業報告/役員名簿/定款などの公告、開示書類です。
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